とらじろうの箱。

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【放談】日記【No.20】

なぜか知らないけれど、ぼくの人生には嘘をつくことについての呪いがかけられている。

 

その正体ははっきりしないのだけれど、とかく「嘘をつくことはよくないのだ」と呪文のように言葉が付きまとって来るのだ。でも嘘というのにもいろいろあって、そりゃあもちろん悪意に満ちた嘘もあるだろうけど、それ以外の嘘というのもたくさんある。

 

たとえば、今は嘘なのかもしれないけれど数百年後には嘘じゃなくなっている嘘とか、嘘だと思っていいのかどうかわからない。他にも、それを話している本人にとっては真実なのだけれど、今の一般常識的には嘘になることとか、たくさんある。

 

それはドクター(所詮制度内での権威だが)レベルで研究をしていてもそうだ。そもそも査読を人間がやる時点で、その真実性なんて確からしさの域を超えることは無い。でもこういう話は大学ではできないのだ。そういうことを専門で扱っている分野にいたら別だろうけどね。

 

あと、嘘を気にし始めると同時に正しさも気になりだす。

 

嘘と正しさって普通に同居するし、正直と間違いも普通に同居する。

っていうかごろ悪いね。対義語を間違っているのかもしれない。まあ、いいんだけど。

 

言いたいことは、みんな嘘をつくのは辞めたほうが良いってことだ。

でも人間だからそれはできない。

 

○○の権利を!と叫ぶ人はたいてい、自分に興味のない権利については無視をするどころかないがしろにして、自身の喜びに奉仕させようとさせたりさえする。

 

「自分を傷つける奴からはすぐに離れろ!」

 

正しさ以外の何物でもない。

だが同時に、自分も何か誰かを傷つける奴になっているのが人間だし存在なのだ。

結局、正しさ以外の何物でもないことを言って称賛される人たちは、称賛されるだけの環境があることを知っているんだなと思う。でもそれが悪いことだとは思わない。正しいことを言っているのだから。

 

問題は、こういうものを見るにつけてもやもやした思いを抱えてしまうぼくのほうにあるのだろう。

オワ尾張